<序章>
〜月明かりの涙〜


少女が泣いていた。
月明かりの照らす公園でただ泣き続けていた。
太陽が水平線の向こうへ沈み、月が夜空を支配する静かな月夜。
彼女はこの時間が訪れるといつもここに来て涙を流すのだ。

昔からそうだった。
ようやっと「漢字」というものを覚え始めた幼い頃から、ずっとずっと・・・毎晩必ず涙を流している。
それ以前の記憶はない。
悲しいことに人間というものは昔の記憶をどんどん脳の隅っこに追いやってしまい、いつしか「忘れてしまった」記憶にしてしまう。
本当はその記憶をなかなか引きずり出せないでいるだけで、忘れているわけではないのだ。
でもどの道記憶が引きずり出せないのならば、それはすなわち思い出せないわけであり、やはり「忘れてしまっている」のである。
何か昔を思い出させるようなきっかけがあればそれも思い出せるのかもしれないが――

ふと少女が顔を上げる。
公園の時計の針がゆっくりと午前0時に近づいている。
大分冷えてきた、もう家に帰ろう。
涙を袖でぬぐい、立ち上がろうとした少女を一つの人影が遮った。
逆光を浴びているせいでその顔はよく見えない。
眼をよく凝らして見なければただ人の形をした黒い物体にしか見えないだろう。

少女は何食わぬ表情でその人影の顔を確認する。
そしてまもなく小さなため息をつき、立ち上がるのをやめてその場に静かに腰を下ろした。

『何故、お前は涙を流す?』

人影が冷たい口調で問う。
少女は何も答えない。
ただ、眼を逸らしている。

『怖いのか?』

それでもなお人影は問い続ける。
少女は震えていた。
何も答えず、ただ震えていた。
自分の手に負えない「巨大な何か」に怯えている。

だが人影はそんな少女に手を差し伸べる様子もなく、冷たい表情で見下ろしているだけ。

別にこの少女は救いなど求めてはいない。

人影にはそれがわかっていた。
だから彼女に手を差し伸べたりはしない。
彼女を救うことが出来るのは彼女自身だ。

しかし、彼女がそれに気づいているかは定かではない。
この少女はこの件について何も喋ろうとしない。
だから彼女が何を考えているのかはわからない。

『・・・今日も収穫はなし、か』

相変わらずだんまりを決め込む少女のその態度に愛想を尽かした人影は、かすかな月明かりに照らされる青紫色の髪をなびかせてその場を無言で去っていった。
刹那に訪れる静寂。
心なしか月明かりが一層明るくなったように感じた。
途端に肌寒さを覚える夜風が流れる。

『強くなれ、太陽の子よ・・・・・・』

夜風に乗ってそんな声が聞こえた――気がした。
そして、それがその日最後の言葉となった。
鐘の音が「明日」の訪れを告げる――

To be continued......


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